家にいるのがストレス?17回の引っ越し人生で得た暮らし

人生の幅を広げるための教え

馬屋から帝国ホテルまで

これまでの人生で、数えてみたら17回の引っ越しをしてきました。

その中でも九州に居たときにお世話になっていた会社の社長は
戦後すぐの生まれでありながら、ヨット乗りで大変にオシャレ且つ豪快な方でした。

デザイン学校を卒業したものの、デザイナーとしての活路を見いだせなかった
のまどさんのことを「野放し枠」だと言って雇ってくれ、
さらに車と住む家を与えてくれました。

しかしそこに勤めて最初に住んだのが、山の中のとある集落。
もと馬屋の2階という、いま考えるとあり得ない場所

築120年の古民家をすてきなカフェ・ギャラリーに改装したのですが
その隣に木造の板を貼り付けただけの文字通り10畳ほどの小屋があり、1階で馬を飼っていたそう。
そしてそこの2階にのまどさんは同僚と2人で暮らしました。

いちおう壁である木の板は、場所によって板同士の隙間が1センチほど空いており
中から外が丸見え。つまり外から中も見えている。もちろん内鍵なんてものはありません。
かけられるのは外についた南京錠だけ。

2階は、当時は牧草を置いてあったようで、それを1階に落とすため床の真ん中に1メートル四方ほどの大きな穴が空いていましたよ。寝ぼけていつ落ちるか恐怖でした。
そんな2階に蚊帳を吊って1ヶ月ほど暮らしましたが…
いま考えてもすごい不思議体験。毎日がキャンプでした。

  • 夜お茶を飲んでいると、蛾がカップにダイブする(窓はあるが網戸はない)
  • 朝、小屋の真横を軽トラが走っていく轟音で目が覚めると、蚊帳の内側にムカデがぶら下がっている
  • テーブルの上には毎朝、真っ白くて小さな無数の小虫の死骸

でもね、若くて柔軟だったし、実はけっこう楽しい出来事もあったんですよ。時期になると裏の川にはクリスマスツリーかというほどのホタルが飛んでいて、たまにそれが家の中にも入ってくる。
同居の同僚と一緒に夜遅くまで、絵を描いたりミシンで何かを縫ったり、創作意欲はめちゃめちゃ湧きました。

そこの社長にはすごく可愛がっていただいたのですが、彼に常日頃から言われていたのが

若いうちは一番上と一番下を知れば、あとの人生は大丈夫。

だということでした。

馬屋に住んでいたので、一番下はすでに体験済み。笑
その代わり、東京出張のときは帝国ホテルに滞在させてもらいました。
言わずと知れた、日本で最高峰のホスピタリティを誇る老舗ホテルです。

おかげで人生余裕まあまあ楽です

そこからさらに10年以上が経ち色々ありましたが、おかげで追い詰められた状況にあっても、常にどこか余裕を持って人生を送れている気がします。人間って、割とどんなところでも生きられるんですよ。

大事なのは、今いるところで気持ちをいかに充実させるかということ。

だからのまどさんがいま住んでいるのは、中の下くらいの古い借家ですが、←失礼
犬がいて鳥がいて、おまけに庭があって花が咲いているので、
自粛生活もべつにそれ自体はストレスじゃないのです。

子供の学校の心配とか、家族の健康状態とか、気になることは
様々ありますが人生詰むほどではないということ。

最近は自宅の寄せ植えから何本か咲いている花を切って、リビングやトイレに活けることを楽しんでいます。
日陰で育つ観葉植物はそのまま飾れますしね。

前の記事でも書いたんですが、まったく日の当たらない室内で植物を育てるのは困難なので、伸びたツルの先を切って、活けるのが良いです。元株はお日様の下ですくすく育てます。

庭の寄せ植えから、アイビー、コデマリ、クローバーをちょきんと切って、小さな花瓶に活けました。
このまま1週間ほどは飾れます。アイビーはこの状態からもツルが伸びて、なんなら根が生えてくるのでポットの土に刺してまた株を増やすことも可能。

後ろの長細い花はルッコラ。あまり鑑賞用には向かなかった…

いま、おうちに一人でいても家族といても、人間以外のいのちが共にあるって、ものすごく心癒されます。

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