5月から、水彩色鉛筆講座を再開します。
それにあたって、描くことについてあれこれと考察しておりました。
自分はこの講座で何を伝えたいのか、どういう方にここへ来て欲しいのか。
ここへ来ることで何が得られるのか。
描くことについては、以前こちらの記事にもさせていただきました。
ドローイングは歌うことと同じ
嗚呼歌うことは
難しいことじゃない
ただ声に身をまかせ
頭の中を空っぽにするだけ
「歌うたいのバラッド」斉藤和義
いきなりですが、これな!!
ドローイングなんてある意味、感覚としてはカラオケに近いかもしれませんねえ。
歌うことって基本的には、気持ち良い行為なんですよね。
「良い!」と思うアーティストを真似て、そりゃ上手くできればもっと気持ち良いですし、毎日やれば素人さんでもある程度までは上手くなるでしょう。それに人前で披露してみたくもなるかもしれません。
反対に自分で「すごく下手である」と思っていれば、人前で見せたくはないでしょう。だけど、だれにも、ぜったいに見られない。という確証があれば、歌うこと自体は「表現」であり「発散」になるわけですから、大体の人が「楽しい」「気持ち良い」ことだと感じるのではないでしょうか。
描くという行為も、私はそれとほぼ同じようなものだと捉えております。
冒頭の斉藤和義ですよ。
頭の中をからっぽにして、行為に身を委ねる

しかし、ここで一つ問題になるのは人間は自由が苦手だということです。
何でもご自由に、ハイどうぞ!!
と言われると逆に何もできなくなってしまう。というのはよく聞く話であります。
たぶん、
「自由な色で、好きなところに線を引いて!そして塗りつぶす!!」
と言われてもほとんどの方が戸惑ってしまうでしょう。(それができる、そっちの方が向いているという、ある意味自由人気質の方もいらっしゃいます。そういう方はきっとこんなブログを読むこともなく自由に生きていらっしゃるでしょう。それはそれで良いのです。)
しかし、そうではない私やあなたは音楽だったら「歌」というある決められたものを歌うわけですし、絵を描くにあたっては「モチーフ」(モデル)というものが登場いたします。
例えば花や動物など、単純に自分の好きなものでも良いでしょうし、コップや家具など身近にあるものでも構いません。幾何形態などのかたちを借りてくるのも良いでしょう。
つまりこれは、自分の作品の枠組みを作るために用いるのであって、別に上手くそっくりになんて描く必要がない。ということの意味がわかっていただけたのではないでしょうか。
それが出来上がったときに、「なんかいい感じ」と思えば額に入れて飾ったり、人に贈ったりするのも素敵です。きっとそれを見たひとも「なんか楽しそう」と思ってくれるのではないでしょうか。
プロの絵描きを目指さないあなたにも、描くことの良さが伝わりますように。
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